鮪〜まぐろ〜

海流に乗って泳ぐ魚を回遊魚と言います。
鮪もその一種で、種類によって生息水域が異なります。
遊泳速度は約20km〜30kmといわれていますが、これは多量の酸素をエラで取り入れるため。このようなスピードで泳いでいないと酸素を取り込めず、溺れてしまうからです。

食文化としては、古くは貝塚から鮪の骨が発見されており、昔から日本人に食されていたという事が判っています。現在では珍重されていますが、昔は『シビ』が鮪の通称で、「“死日”(シビ)では縁起が悪い」と言われ、あまり好まれてはいなかったようです。
以前は「脂っぽい」と不評だった“トロ”は、次第に日本人の食文化が欧米化され、高級な部位として需給されるようになりました。

鮪には、様々な栄養が含まれています。
注目すべきはDHA!このDHAは魚介類のみに含まれ、私たちの脳を正常なバランスに保っています。DHAは脳・目の網膜・神経・心臓・精子・母乳に含まれているといわれ、人間の生命活動に必須です。

D H A の 栄 養 効 果
【記憶学習機能向上】 【痴呆改善】 【ガン抑制】
【視力低下抑制】 【血圧降下】 【中性脂肪低下】
【抗糖尿病作用】

鮪の赤身は高たんぱく・低脂肪・低カロリー。
ミネラルや鉄分もたっぷり含まれており、まさに鮪は栄養の宝庫なのです。

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大広間(会場)

お客様のご要望により、1F・2Fの
会場をお貸ししております。
1F 片側 1時間 3,150円(税込)
1F 両側 1時間 4,725円(税込)
2F 片側 1時間 2,100円(税込)
2F 両側 1時間 3,675円(税込)

1Fの両側は200名収容・約100畳の大宴会場、2Fの両側は約30畳程度の広間です。

催し物や会議など、ご自由にご利用下さい。
また、宴会や結婚披露宴などホテルにて料理を御注文されますと、会場代は無料になります。

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奈半利川や港

ホテルより国道55号を西に、奈半利中学校手前を左折すると、港が見えてきます。
港の堤防のガード下をくぐった所が、通称『赤灯台』・『アカトウ』と呼ばれる釣りポイントです。
平均すると型はあまり大きくありませんが、粘ると良型が釣れる場合もあります。
近くには船を修理するドックがあり、雄大な鮪船を見る事も出来ます。
奈半利川河口ではルアーでスズキアカメがヒットすることもあります。

・・・チヌ キス スズキ 穴子
・・・チヌ キス アジ 穴子
・・・チヌ キス アジ
・・・グレ キス

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クロード・モネ (1840〜1926)

1840年、モネはフランスのラフィット街で生を授かりました。

5歳の頃、一家はノルマンディーのル・アーヴルに移住し、その地でブータンに出会います。彼と戸外での絵画制作をするうち強い影響を受けたモネは、画家になる決心を固め、18歳の時パリに移住します。 

1862年から1864年にかけてグレールのアトリエに通い、そこでピサロやルノワール、シスレー、バジルなど後の印象派の画家達と出会い、交流を深めます。
1874年 33歳の頃、ルノワール、シスレーらとパリで第1回展(後に印象派展と呼ばれる)を開催し、一日の中で刻々と移り変わる彩光の一瞬をとらえた作品、『印象・日の出』を出品します。
その自然のまま、見たままを描いた作品は、重厚で伝統的な画法が主だった当時は『未完成で、印象にしか過ぎない』と酷評されてしまいました。

その後 理想の地を求め、セーヌやヴェトゥイユに渡り創作活動に勤しみます。
パリから郊外に向かう列車の窓から臨む景色に心奪われたモネは、人口300人に満たないジヴェルニーに根を下ろします。1883年、43歳の頃でした。

同一のモチーフでも、光の加減によって様々な表情を見せるという事を確かめる為、“連作”という手段を使うようになりました。
1890年代に入ると名声が高まり、『印象派 クロード・モネ』は、画家としての地位を確立していきます。その頃、『ポプラ並木』『ルーアン大聖堂』の連作を手掛けました。

モネはジヴェルニーの地を大変気に入り、借りていた土地と家を購入。その後も、道路を挟んだ向かいの土地や川沿いの草地を購入し、【花の庭】【水の庭】を作りました。
1870年頃から関心のあった浮世絵の影響を受け、太鼓橋など至る所に“和”の要素が取り入れられました。それは【花の庭】【水の庭】にとどまらず、自宅のキッチンや読書室などのインテリアにも反映されています。

当初は何の気無しに睡蓮を育て始めたモネですが、太陽の光と影に映え、刻一刻と変幻するその美しさに次第に心を捉えられていきます。そして睡蓮の為に大きな池を作り、睡蓮をモチーフに何百点もの連作を残すようになりました。
また世界中から植物を取り寄せて 専属の庭師を雇い、花や睡蓮を愛で自然を慈しみ、自分の作り上げたアトリエ【花の庭】【水の庭】をモチーフにして、晩年 その生涯を閉じるまで、美麗な風景を描きつづけました。

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